19歳は思い出すだに最悪だった。正確に言うならば何も思い出すことが無いくらい最悪の日々だった。出来事は意味を持たない。感情は宇宙の形質を採る。目的は虚しさという点に於いてのみ共鳴し合う。時制は軸を失う。昨日が明日を追い越す。あらゆる静かな混乱だった。それに比べれば20歳はマシにならざるを得ないんだろう。という感じの一年だった。こんな話をするのは、昨日21歳になったからだ。誕生日は最低だ。私が生まれたことなんて黙っていたほうが良い。そう思わないか。しかし昨日は、恐らく初めて一日誰かが傍に居た。多幸感が凄まじくて泣いたりなどした。生まれ来てラッキーだったかも知れないと思った。馬鹿だ。一日経って落ち着いた。もう何も考えたくない。いつまでこうなんだろうか。21年、本当に長かった。あっという間だと感じたことが無い。まさに「天国的に冗長」。恐ろしく退屈。生きている限り人はどんどん死んでいく。これまで死んだ人間の顔を一つも余すこと無く思い出せるか?そういうことを忘れて、虚飾にまみれた正気で「やあ元気していたかい」なんて言う。まったく最悪であることが上手になったもんだ。何を言っても無駄だけれど。「本当に」駄目になったとき、他人は私を地上に繋ぎ止めてくれないのだ。もうじきあなたも私を忘れる。それは跡形も無く完璧に。