2013年8月17日








 今日は友人と映画を観に行く予定だったのだが、体調が悪いとのことで不意になった。テレビをつけると新宿東口の見慣れた景色が青空をバックに映されていて、天気予報士はまるで世紀末を告げるかのような口振りで「今日も一日夏空が広がるでしょう」などと信じがたいことを言っている。テロップが示す気温は34℃。こんなの家に居ろと言わんばかりではないか。部屋に戻って寝転がる。すっかり眠る心算で目を瞑ると、フェイスパウダーとファンデーションが無くなりそうなことを思い出す。明日も予定があるので買いにゆく暇は無い。ゆっくり時間を掛けて支度し、電車に乗る。
 デパートの化粧品売り場は香水のにおいと女たちの吐く息で充満している。暑さにうろたえながら目当てのブランドのある一角に辿り着き、促されるまま黒い鏡の前に座る。鏡の縁に小さい点が何十と規則正しく並んでいて、そこから漏れる白い光が私の間抜け面を照らす。店員に「暑かったでしょう」と言われ「本当に」と返す。いちばん色の白いファンデーションを出されて恍惚とする(色白であることに拘泥する不細工女は世界で最も面倒な人種です)。
 チェーンの喫茶店へ移動する。C.ブコウスキー『町でいちばんの美女』を読む。隣に座っている一組の恋人たちの話を盗み聞きする。男性は大学院に進むそうで、自分の専攻であるフランスの近代美術について、マックブックで画像を見せたり本を開いたりアイフォーンをフリックしたりしながら、女性に楽しげに語っている。女性は興味深げにそれらを覗き込みながら、可愛らしい笑顔を浮かべて「へえ」「すごい」「知らなかった」等々、絶妙なタイミングで最適な相槌を打つ。それぞれがそれぞれの行う現在を愛だと思い込んでいる。彼らは間違っていない。この退屈さ、分かり合えなさこそが愛なのだから。