『ブラックスワン』観ました。母が一緒に観ていたんだけど、ちょう気まずい。性的なシーケンスが問題なのでは無く、この映画の重要な側面の一つが「母殺し」であるため。その類の本を読んでいないので何とも書きかねるけれど、こういう母娘関係を「マゾヒスティック・コントロール」というのらしい。恐らくほとんどの人がそうだろうし、私と母もまさにこの関係にある。お腹抉るぐらいしないと「母殺し」は達成出来ないんだなあ。しんどいな。大学卒業を控えて真剣に考えている。親孝行なんて牧歌的な行為では無くて、文字通りの自己奉仕、自己犠牲、「今まで私を献身的に育ててきた母に対し、今度は自分が身を捧げるべきでは無いのだろうか」と悩み尽くすのだ。「マゾヒスティック・コントロール」という言葉を知っていても、こんなふうに思考が逸脱していってしまう。殺すっていう言葉が入っているくらいだから生半可な選択は出来なくて、思う存分殴打して全治数ヶ月、というんでは駄目、最新型のマザーファッキンなライフルで蜂の巣にしないと不可ない。さもなくば一生を母の夢の中で溺れ続けることになる。老いた私は自分の娘に自分の生きられなかった世界を投影して押し付ける。最悪のループ。どこかで誰かが殺されなければならない。