冗談だと分かっているのに嫌だと感じること、というのが存在しなければいいのにと思う。わたしはそのことについて、どこまでの指摘を許されているのかがさっぱり分からない。でも許すって誰から?それにしてもあなたはまるで、理性と感性がまったくの別物ででもあるかのような言い方をする。そういうのは今すぐによすべきだ。何故ってあなたの無知を露呈することでしか無いから。
・映画
「グランド・ブダペスト・ホテル」
→色んなことをやっていてそのどれもがいい匙加減だった。ただウェス・アンダーソンの残念なところは、コメディ映画なのにめちゃくちゃギャグのセンスが低いというところ。でも隣の人は結構笑っていたから、壊滅的かつ絶望的なまでにわたしと笑いの趣味が合わないと言うほうが正しいかも知れない。たとえばエゴン・シーレ風の絵を引き裂くのとか猫をポイと窓から捨てるのとか、それこそ「ブラック・ジョーク風」という感じでだから何と思う。ウェス・アンダーソンの映画はグザヴィエ・ドランの「わたしはロランス」を観たときと同じ感じがする。感じ感じってさっきから無根拠極まりないんだけどブログだしそれもまた乙。
でその「感じ」はどんな感じかと言うと、冒頭で書いた「いい匙加減」という部分が要するにそれである。彼らは器用で頭がいいんだろうな、という感じ。「こうすればセンスのいい映画が撮れる」というのを知識として知ってしまっているのだと思う。それは仕方のないことであるとも思う。百年に一人の天才でも無い限り、われわれ生来の凡人(さすがに二人は凡人じゃないけど)が芸術家だ哲人だと呼ばれるには死神あるいは悪魔かそこら辺の奴らに魂を売らなければならない。でもその買い手だってさすがにもう人間に倦んでいてろくに買ってくれやしない。強いて言えば、黒人の魂がかなりアツい、というような話はあるのだろうけれど。
だからどうってことでも無い。進行しているあらゆる芸術活動が無意味だと言いたいのでも無い。意味が無いものを尊べないほうがつらい。形容詞が多い。
予告編で流れた「リアリティのダンス」が面白そうだった。
「タロットカード殺人事件」
→心底ミステリーに関心が無いので観てなかったんだけど、全然ミステリーじゃなかった。いつものラブコメだった。ウディ・アレンは顔が面白いので狡い。ウェス・アンダーソンも見習うとよい。