2013年9月10日
2013年9月9日
お誕生日おめでとうございます。ずっと憧れです。
>ありがとうございます。頑張りましょう。
お誕生日おめでとうございました。もう21歳なんですね。勝手に感慨深いきもちです。
>ありがとうございました。長く見て下さっているのか知らん。私を21歳にするような酷い世の中ですよ。
来年から東京で暮らすのだけど、東京は、どのようなカンジですか。落ち着ける場所は、ありますか。日夏さんに、会ってみたいなー。
>うーん落ち着ける場所というのは無いかも。21年間東京で暮らしてきましたが。でもその分、そういう場所を作り出そうとする人と沢山出会えるので、楽しいです。ぜひ会って下さい。
相変わらずすてき
>嬉しい。ありがとう。
ー
旅行第一弾終了。気の置けない人たちと過ごす日々は楽しかった。でも常時気怠くて眠ってばかりいた。民宿なので料理を自分たちで作った。まあ私は料理が下手なので寝ていろと言われ寝ていたが。友人たちの作ってくれた焼き茄子と手打ち饂飩が非常に美味しかった。あとサングリア。紅茶のシャーベットも幸せだった。
帰宅してすぐ寝てしまい、さっき目覚めたところ。last.fmで見付けたFrozen Silenceという人の曲を聴いている。とても良い。ピアノの音は朝の特殊な静けさとうまく溶け合うから素晴らしい。こんなふうに夜明けを迎えると、何も無いという事実がこの上無い幸運に感じられてくる。それにしても何たる虚無感。今度は自分が手放される側になるのだろう。雪か何かみたいに。空は灰色、秋が透き通って心地よい終わりが見えてくる。風が吹かなくたって、両手は必ず私を支えてくれる。われわれはみな落ちる。
>ありがとうございます。頑張りましょう。
お誕生日おめでとうございました。もう21歳なんですね。勝手に感慨深いきもちです。
>ありがとうございました。長く見て下さっているのか知らん。私を21歳にするような酷い世の中ですよ。
来年から東京で暮らすのだけど、東京は、どのようなカンジですか。落ち着ける場所は、ありますか。日夏さんに、会ってみたいなー。
>うーん落ち着ける場所というのは無いかも。21年間東京で暮らしてきましたが。でもその分、そういう場所を作り出そうとする人と沢山出会えるので、楽しいです。ぜひ会って下さい。
相変わらずすてき
>嬉しい。ありがとう。
ー
旅行第一弾終了。気の置けない人たちと過ごす日々は楽しかった。でも常時気怠くて眠ってばかりいた。民宿なので料理を自分たちで作った。まあ私は料理が下手なので寝ていろと言われ寝ていたが。友人たちの作ってくれた焼き茄子と手打ち饂飩が非常に美味しかった。あとサングリア。紅茶のシャーベットも幸せだった。
帰宅してすぐ寝てしまい、さっき目覚めたところ。last.fmで見付けたFrozen Silenceという人の曲を聴いている。とても良い。ピアノの音は朝の特殊な静けさとうまく溶け合うから素晴らしい。こんなふうに夜明けを迎えると、何も無いという事実がこの上無い幸運に感じられてくる。それにしても何たる虚無感。今度は自分が手放される側になるのだろう。雪か何かみたいに。空は灰色、秋が透き通って心地よい終わりが見えてくる。風が吹かなくたって、両手は必ず私を支えてくれる。われわれはみな落ちる。
2013年9月6日
バーは総じて暗い場所だがそれにしてもここは暗い、とAは思った。3杯目のマリブコークは氷が溶けて薄茶色い水になっていた。友人のMは今朝恋人と喧嘩をし、それに関する謝罪の電話を掛けるため席を外していた。よってAは一人だった。目の前の壁に丸い鏡が掛かっていた。顔を上げるとすぐに自分と目が合った。Aは鞄から本と煙草を取り出した。ライターが無かった。通りがかった店員を呼んでライターの有無を尋ねた。「マッチならありますが」不愛想な店員はそう言ってどこかへ消えた。彼はすぐに戻って来た。Aは左の手のひらを上にして差し出した。店名が印刷されたマッチ箱はその上には置かれなかった。店員はまるでAの手など見えないかのように木のテーブルの上に直接それを置いた。Aは煙草に火を着けて本を開いた。本の中で二人の若者が一人の老人を滅茶苦茶に叩きのめしていた。
間も無く本は読み終わってしまった。煙草はあと4本残っていた。Mが戻って来る気配はまるで無かった。Aは次の煙草を口にくわえた。あと3本。煙草が減るごとにAの中の考えるべき事柄も消えていった。われわれが明らかにしておくべきことと言ったら、Mはもっと早くこの暗い地下へ戻って来るべきだった、ということだろう。もうここには何も残されていなかった。あるいは何もかもが無くなる予感だけがあった。
間も無く本は読み終わってしまった。煙草はあと4本残っていた。Mが戻って来る気配はまるで無かった。Aは次の煙草を口にくわえた。あと3本。煙草が減るごとにAの中の考えるべき事柄も消えていった。われわれが明らかにしておくべきことと言ったら、Mはもっと早くこの暗い地下へ戻って来るべきだった、ということだろう。もうここには何も残されていなかった。あるいは何もかもが無くなる予感だけがあった。
2013年9月5日
一番下にリンク集作った。fc2のアカウントがいよいよ不要である。お手持ちのスマートフォンからは多分見られない。未確認なので何とも言えない。手順としては「へーこんな本や映画、音楽が好きなのだなあ」→「こんばんは!とてもコーショーでソフィスティケイトされたゴシュミをお持ちですね。愛しています、エイメン」がよいでしょうね。アイポッドをプレゼントされて即last.fm始めてしまった。愉快。みんなやっていないのだろうか。
明日から3日間旅行。どこに行くのか聞くの忘れた。より正確に言うならば、言われただろうけど聞いていなかった。すぐワーイの馬鹿である。そのあと帰ってきて1日ぼうっとして温泉行く。8月週5でバイトしていた人間の予定とは思えない。うれしー。
明日から3日間旅行。どこに行くのか聞くの忘れた。より正確に言うならば、言われただろうけど聞いていなかった。すぐワーイの馬鹿である。そのあと帰ってきて1日ぼうっとして温泉行く。8月週5でバイトしていた人間の予定とは思えない。うれしー。
2013年8月29日
19歳は思い出すだに最悪だった。正確に言うならば何も思い出すことが無いくらい最悪の日々だった。出来事は意味を持たない。感情は宇宙の形質を採る。目的は虚しさという点に於いてのみ共鳴し合う。時制は軸を失う。昨日が明日を追い越す。あらゆる静かな混乱だった。それに比べれば20歳はマシにならざるを得ないんだろう。という感じの一年だった。こんな話をするのは、昨日21歳になったからだ。誕生日は最低だ。私が生まれたことなんて黙っていたほうが良い。そう思わないか。しかし昨日は、恐らく初めて一日誰かが傍に居た。多幸感が凄まじくて泣いたりなどした。生まれ来てラッキーだったかも知れないと思った。馬鹿だ。一日経って落ち着いた。もう何も考えたくない。いつまでこうなんだろうか。21年、本当に長かった。あっという間だと感じたことが無い。まさに「天国的に冗長」。恐ろしく退屈。生きている限り人はどんどん死んでいく。これまで死んだ人間の顔を一つも余すこと無く思い出せるか?そういうことを忘れて、虚飾にまみれた正気で「やあ元気していたかい」なんて言う。まったく最悪であることが上手になったもんだ。何を言っても無駄だけれど。「本当に」駄目になったとき、他人は私を地上に繋ぎ止めてくれないのだ。もうじきあなたも私を忘れる。それは跡形も無く完璧に。
2013年8月24日
2013年8月17日
今日は友人と映画を観に行く予定だったのだが、体調が悪いとのことで不意になった。テレビをつけると新宿東口の見慣れた景色が青空をバックに映されていて、天気予報士はまるで世紀末を告げるかのような口振りで「今日も一日夏空が広がるでしょう」などと信じがたいことを言っている。テロップが示す気温は34℃。こんなの家に居ろと言わんばかりではないか。部屋に戻って寝転がる。すっかり眠る心算で目を瞑ると、フェイスパウダーとファンデーションが無くなりそうなことを思い出す。明日も予定があるので買いにゆく暇は無い。ゆっくり時間を掛けて支度し、電車に乗る。
デパートの化粧品売り場は香水のにおいと女たちの吐く息で充満している。暑さにうろたえながら目当てのブランドのある一角に辿り着き、促されるまま黒い鏡の前に座る。鏡の縁に小さい点が何十と規則正しく並んでいて、そこから漏れる白い光が私の間抜け面を照らす。店員に「暑かったでしょう」と言われ「本当に」と返す。いちばん色の白いファンデーションを出されて恍惚とする(色白であることに拘泥する不細工女は世界で最も面倒な人種です)。
チェーンの喫茶店へ移動する。C.ブコウスキー『町でいちばんの美女』を読む。隣に座っている一組の恋人たちの話を盗み聞きする。男性は大学院に進むそうで、自分の専攻であるフランスの近代美術について、マックブックで画像を見せたり本を開いたりアイフォーンをフリックしたりしながら、女性に楽しげに語っている。女性は興味深げにそれらを覗き込みながら、可愛らしい笑顔を浮かべて「へえ」「すごい」「知らなかった」等々、絶妙なタイミングで最適な相槌を打つ。それぞれがそれぞれの行う現在を愛だと思い込んでいる。彼らは間違っていない。この退屈さ、分かり合えなさこそが愛なのだから。
2013年8月16日
『ブラックスワン』観ました。母が一緒に観ていたんだけど、ちょう気まずい。性的なシーケンスが問題なのでは無く、この映画の重要な側面の一つが「母殺し」であるため。その類の本を読んでいないので何とも書きかねるけれど、こういう母娘関係を「マゾヒスティック・コントロール」というのらしい。恐らくほとんどの人がそうだろうし、私と母もまさにこの関係にある。お腹抉るぐらいしないと「母殺し」は達成出来ないんだなあ。しんどいな。大学卒業を控えて真剣に考えている。親孝行なんて牧歌的な行為では無くて、文字通りの自己奉仕、自己犠牲、「今まで私を献身的に育ててきた母に対し、今度は自分が身を捧げるべきでは無いのだろうか」と悩み尽くすのだ。「マゾヒスティック・コントロール」という言葉を知っていても、こんなふうに思考が逸脱していってしまう。殺すっていう言葉が入っているくらいだから生半可な選択は出来なくて、思う存分殴打して全治数ヶ月、というんでは駄目、最新型のマザーファッキンなライフルで蜂の巣にしないと不可ない。さもなくば一生を母の夢の中で溺れ続けることになる。老いた私は自分の娘に自分の生きられなかった世界を投影して押し付ける。最悪のループ。どこかで誰かが殺されなければならない。
2013年8月15日
早く天使に会いたい。この人生のほうが最悪だよ、って言うんならそれはもう譲るよ。第一どうでもいいんだよ。君と私は何も関係無い。家族であり友人であり恋人であるけれど、君は私じゃない。ってまるで生きていたいみたいな口ぶりだ。私が天使か、あるいはここが地獄だっていうんじゃないと説明のつかない出来事があまりに多い。わかるか、なんてもう訊かない。その問いに意味は無い。天使、その言葉にのみ意味がある。その言葉、その存在こそが私の思考をやさしく捕える。両手は支えるだけだ。
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