2013年8月29日
19歳は思い出すだに最悪だった。正確に言うならば何も思い出すことが無いくらい最悪の日々だった。出来事は意味を持たない。感情は宇宙の形質を採る。目的は虚しさという点に於いてのみ共鳴し合う。時制は軸を失う。昨日が明日を追い越す。あらゆる静かな混乱だった。それに比べれば20歳はマシにならざるを得ないんだろう。という感じの一年だった。こんな話をするのは、昨日21歳になったからだ。誕生日は最低だ。私が生まれたことなんて黙っていたほうが良い。そう思わないか。しかし昨日は、恐らく初めて一日誰かが傍に居た。多幸感が凄まじくて泣いたりなどした。生まれ来てラッキーだったかも知れないと思った。馬鹿だ。一日経って落ち着いた。もう何も考えたくない。いつまでこうなんだろうか。21年、本当に長かった。あっという間だと感じたことが無い。まさに「天国的に冗長」。恐ろしく退屈。生きている限り人はどんどん死んでいく。これまで死んだ人間の顔を一つも余すこと無く思い出せるか?そういうことを忘れて、虚飾にまみれた正気で「やあ元気していたかい」なんて言う。まったく最悪であることが上手になったもんだ。何を言っても無駄だけれど。「本当に」駄目になったとき、他人は私を地上に繋ぎ止めてくれないのだ。もうじきあなたも私を忘れる。それは跡形も無く完璧に。
2013年8月24日
2013年8月17日
今日は友人と映画を観に行く予定だったのだが、体調が悪いとのことで不意になった。テレビをつけると新宿東口の見慣れた景色が青空をバックに映されていて、天気予報士はまるで世紀末を告げるかのような口振りで「今日も一日夏空が広がるでしょう」などと信じがたいことを言っている。テロップが示す気温は34℃。こんなの家に居ろと言わんばかりではないか。部屋に戻って寝転がる。すっかり眠る心算で目を瞑ると、フェイスパウダーとファンデーションが無くなりそうなことを思い出す。明日も予定があるので買いにゆく暇は無い。ゆっくり時間を掛けて支度し、電車に乗る。
デパートの化粧品売り場は香水のにおいと女たちの吐く息で充満している。暑さにうろたえながら目当てのブランドのある一角に辿り着き、促されるまま黒い鏡の前に座る。鏡の縁に小さい点が何十と規則正しく並んでいて、そこから漏れる白い光が私の間抜け面を照らす。店員に「暑かったでしょう」と言われ「本当に」と返す。いちばん色の白いファンデーションを出されて恍惚とする(色白であることに拘泥する不細工女は世界で最も面倒な人種です)。
チェーンの喫茶店へ移動する。C.ブコウスキー『町でいちばんの美女』を読む。隣に座っている一組の恋人たちの話を盗み聞きする。男性は大学院に進むそうで、自分の専攻であるフランスの近代美術について、マックブックで画像を見せたり本を開いたりアイフォーンをフリックしたりしながら、女性に楽しげに語っている。女性は興味深げにそれらを覗き込みながら、可愛らしい笑顔を浮かべて「へえ」「すごい」「知らなかった」等々、絶妙なタイミングで最適な相槌を打つ。それぞれがそれぞれの行う現在を愛だと思い込んでいる。彼らは間違っていない。この退屈さ、分かり合えなさこそが愛なのだから。
2013年8月16日
『ブラックスワン』観ました。母が一緒に観ていたんだけど、ちょう気まずい。性的なシーケンスが問題なのでは無く、この映画の重要な側面の一つが「母殺し」であるため。その類の本を読んでいないので何とも書きかねるけれど、こういう母娘関係を「マゾヒスティック・コントロール」というのらしい。恐らくほとんどの人がそうだろうし、私と母もまさにこの関係にある。お腹抉るぐらいしないと「母殺し」は達成出来ないんだなあ。しんどいな。大学卒業を控えて真剣に考えている。親孝行なんて牧歌的な行為では無くて、文字通りの自己奉仕、自己犠牲、「今まで私を献身的に育ててきた母に対し、今度は自分が身を捧げるべきでは無いのだろうか」と悩み尽くすのだ。「マゾヒスティック・コントロール」という言葉を知っていても、こんなふうに思考が逸脱していってしまう。殺すっていう言葉が入っているくらいだから生半可な選択は出来なくて、思う存分殴打して全治数ヶ月、というんでは駄目、最新型のマザーファッキンなライフルで蜂の巣にしないと不可ない。さもなくば一生を母の夢の中で溺れ続けることになる。老いた私は自分の娘に自分の生きられなかった世界を投影して押し付ける。最悪のループ。どこかで誰かが殺されなければならない。
2013年8月15日
早く天使に会いたい。この人生のほうが最悪だよ、って言うんならそれはもう譲るよ。第一どうでもいいんだよ。君と私は何も関係無い。家族であり友人であり恋人であるけれど、君は私じゃない。ってまるで生きていたいみたいな口ぶりだ。私が天使か、あるいはここが地獄だっていうんじゃないと説明のつかない出来事があまりに多い。わかるか、なんてもう訊かない。その問いに意味は無い。天使、その言葉にのみ意味がある。その言葉、その存在こそが私の思考をやさしく捕える。両手は支えるだけだ。
2013年8月13日
2013年8月11日
「ドアをノックする人をいちいち撃っていられない」
午前4時頃に寒くて目が覚めた。スマートフォンのホーム画面に表示されている気温は「31℃」。冷房は入れていない。しかし震えが止まらない。極寒の地に裸で追い出されたような状態。指先が冷たく痺れている。なんとか身体を動かしてパーカーを羽織り、布団を引きずり出して頭まですっぽり被る。ようやく少し震えが収まる。次に吐き気がやって来る。眠ってしまいたいのに寒くて眠れない。…ということが今朝あった。さっき原因をグーグルで検索したところ、蛋白質が欠乏しているか、月経前の高体温期に起き易いとのことだった。どちらも当てはまる。最近野菜と果物とチョコレートばかり摂取していて、肉やら卵やらを全然口にしていなかった。たまに暑いのに一人寒さを感じることはあるけれど、こんなに酷いのは初めてだった。一生寒かったらどうしようかと思った。
午前4時頃に寒くて目が覚めた。スマートフォンのホーム画面に表示されている気温は「31℃」。冷房は入れていない。しかし震えが止まらない。極寒の地に裸で追い出されたような状態。指先が冷たく痺れている。なんとか身体を動かしてパーカーを羽織り、布団を引きずり出して頭まですっぽり被る。ようやく少し震えが収まる。次に吐き気がやって来る。眠ってしまいたいのに寒くて眠れない。…ということが今朝あった。さっき原因をグーグルで検索したところ、蛋白質が欠乏しているか、月経前の高体温期に起き易いとのことだった。どちらも当てはまる。最近野菜と果物とチョコレートばかり摂取していて、肉やら卵やらを全然口にしていなかった。たまに暑いのに一人寒さを感じることはあるけれど、こんなに酷いのは初めてだった。一生寒かったらどうしようかと思った。
2013年8月8日
熱風を放つ詩的幻想の内部は赤く破滅している。その代償として年増女が押し付けてきた一枚の紙切れには、もうこれ以上増えることは不可能と思料される欲望がぎっしりと詰め込まれている。一人うなだれると、隣室から部屋の照明を消す音が聞こえる。途端に夜がこの部屋を運び出す。かつて何よりも切実であった妄想が、具象性を帯び始める。そして聖母の微笑みをこちらに擦り付けてくる。「よき死」というのは生前の幸福や愛に比例せず、たんに無痛であることを言う。何故ならあらゆる事物は連綿たる持続性を保ちながら、疑いようもなく群島の姿をしているため。それをすべての人間が了解いているという証明は、疾うの昔に、白昼に浮かぶ月が成し遂げている。
白い火傷が堕落を模造する。境界の長期的接触は、美の芸術的聴取として夢の中に記録される。夜盗の吹く口笛に起源は無い。
白い火傷が堕落を模造する。境界の長期的接触は、美の芸術的聴取として夢の中に記録される。夜盗の吹く口笛に起源は無い。
2013年8月7日
巷で人気の『桐島ってよ』観たーいま。『ゴドーを待ちながら』ぽいなあとおもったら、オマージュだという説もあるそうですね。それこそ「半径1メートル以内のこと」に興味が無いナードなので邦画の学園ものなんて最悪、と思ったんだけれどとても面白かったです。前田と武文のやり取りが全部良かった。「ガンツの38巻持ってる?」とか。でもそのディティールにリアリティがあり過ぎる感じのせいで、観ているのがすこし苦痛だった。すこしというか結構。誰が、とか何が、というよりこの映画そのものがしんどくて泣いた。みんなが居もしない桐島を待っている間、私たちはパリでタンゴを踊っていればいいだけだし。と思ってしまう。
爪切って化粧して飲み会に行ってきます。
爪切って化粧して飲み会に行ってきます。
2013年8月6日
一緒くたにされて嫌。結局きみはそういうことが出来るんじゃん。すべては絹糸であって、自分の中に微々たるその気配が存在していることに安心しているからいけないんだよ。疑り深い他者が居ないものと思っているみたいに。と言って、具体的/実際的感覚を「あいしている」が抑圧してしまう感じは、ブラック企業ぽさあるよなあ。でも一瞬の(ほんとはそんなに短くない。という現代)ロマンスのきらめきを見逃すな!という囁きを無視出来ない。何故なら「耳は無意識の領域にあって閉じることが不可能な唯一の開口部である」から。せめて格好良く小気味良く韻を踏んで誤魔化すほかあるまい。
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