2014年4月30日

 アルバイトが終わりスマートフォンをひらくと、「映写室に居るから、着替えたらおいで」と連絡が入っている。言われた通り着替えて、ついでに化粧を直し髪の毛を梳ってから、なるべくヒールの音がしないよう映写室に向かう。ドアノブを捻り隙間から顔を出すと、近頃よく見掛ける男が居て、疲れたふうな顔でこちらに微笑む。わたしは、こんばんは、と言って男の隣に座る。男はアルバイトの連絡帳の頁にある「夫々」という字を指差して「これ何て読むっけ」と聞く。それぞれだよ、と答える。男は関心した様子で頷くと、わたしには分からない、アルファベットを組み合わせた用語をそのノートに幾つも書き連ねる。退屈そうにしている気配に気付いてか、「何読んでるの、最近」。ツルゲーネフだよ、あなたは?「そこの、電話の横」男が一瞬顔を上げ、視線を向けた先――時代から半分取り残されたこの部屋では、未だに黒電話が使われていて、その隣に永井荷風『夢の女』が置いてあるのが目に入る。あめりか物語の人だ。「そうだね」男はノートを閉じて短く息を吐き、その場で着替え始める。
「ねえ、夏休みみたいだね」
「何が」
「楽しいと、夏休みみたいだと思わない?」
 男は相変わらず微笑むばかり、くたびれたジャケットを羽織る。スルリとこちらを向いて「お待たせ」と言い、わたしに2回キスをする。そしてわたしたちは、かつて夢で通った薄暗い螺旋階段をどこまでも下る。ビュウと吹き上げる風に、灰色のスカートが捲れる。それに気づかぬ恋人たちは、燥ぎながらどこまでもどこまでも下っていく。

2014年4月27日


2014年4月22日



 あれだけ楽しみにして居たのに、おいしいカレーを食べて愉快な映画を観たらお財布の中身がスッカラカン。買えなかった。まあいいか、と諦めだけは大得意、サウンドクラウドさまさまを頼りにこのメイヤー・ホーソーンの歌う「幽霊の気分で」でノリノリになりながら、おでんと刺身と日本酒を味わう夜更けであった。それは恋人の部屋という侘しさの中で。
 最近非常につまらない気持ちにあって、加えて例の両手が巨大化する感覚に毎夜苛まれており、どこもかしこも永遠から振り落とされているのを知覚せざるを得ない。頭の左側にミツバチが居て、ブンブンブンブンブンブンブンブンうるさくて、それを避けようとしている感じ。あるいはドアノブにおでこを押し当てて、ゆっくり体重を掛けていって、耐え難い痛みを感じた辺りで、後ろから隠れていた子猫がニャアといってわたしの横をすり抜けてゆく気配を覚える感じ。あと身体がマトリョーシカみたいになって、いま何層目の自分に生きているのやら、はてな、ってなる。がっかりするよ。

2014年4月17日


2014年4月16日

 変わらない日々を送っています。いま一番返答に窮する質問が「就活やってる?」というもので、100社くらい面接?イーエス?を云々している人に比べたらしていないが、院進するから何もしないぜという人よりはしている。くらいの感じ。そんな余裕かましとってええんか、とドスの効いた声で問われること幾千の星。ええんか悪いんかと聞かれたら完全に後者であるが、わたしは同時に2つ以上のことをこなせないので
 と何を、このブログに就職活動に関する言い訳を書き連ねておるのだ。くだらない。もっと愛とか恋とかの話をするべきである。と思う。愛とか恋とかの話をしよう。先日、言わずと知れたフランスの哲学者(思想家?)ジャック・デリダの『火ここになき灰』を読んだ。これが本当にすごくて、面白くッて、哲学書(思想書?)なのにまごうこと無き愛の話で、こんなにワクワクしながら読んだ本は久しぶりだった。思いがけず、一番好きだと言いたくなる本に出会ってしまった。大学の図書館で、薄いし字も大きくて読みやすそう、という阿呆極まりない理由で手に取ったというのに。あの湿度の高い奥まった本棚に運命がぎっしり詰まっていたんですね。時間はいつでも丸く巡っています。
 悲しいことばかり日記に書いているから、日々が泣き濡れているように感じられる。しかしこんなふうに、あらゆるすべては一進一退を繰り返し、どうにか「最悪」を免れながら、満月の夜を目指して生を営んでいる。